VERNIERバーニア
Treasure Ⅱ サラの憂鬱

Part Ⅱ


 キッシングラバー号は慣性航行に移行していた。その間、船の制御はすべてコンピュータの管理下に委ねられている。緊急事態があればエマージェンシーのアラームの警告が鳴り、船内の乗組員達にコールが掛かる。それまでは比較的自由な行動が許されていた。そこで彼らはその貴重な時間を有意義に過ごそうとコクピットから離れ、各々プライベートを楽しむことにした。と言っても、訳あって今は全員同じ区画にいた。

 「え? お洋服なら持って参りましたわ。社交界用のドレスとか、バカンス用のビキニとか……」
リサが言った。
「ビキニで宇宙遊泳したいってんなら、あたしは別に止めないぜ」
ダナが備品倉庫のクローゼットを開きながら言った。
「何言ってんのさ。そんなことしたらあいつを喜ばせるだけじゃん」
ロリがそこらのネジを引っ張りながら言う。
「いいね! くびれちゃん最高! そしたら、僕もハッピー! 君もハッピー! さあ、今すぐビキニになろう」
さり気なくロリの手を押さえながらバーニアが言う。
「え? そんな、困りますわ。ここには海なんてありませんもの」
リサが言うと、彼はさっとその前に立つとポケットから振り子を取り出した。

「これを見て。あなたはだんだん眠くなる……。そうら波の音が聞こえるだろう?」
彼は懸命に彼女の前で振り子を振った。その糸の先にはコインが一つぶら下がっている。
「さあ、目を閉じてごらん。ここは海だよ。想像という無限の海が君と僕の心に広がっていく……。聞こえるだろう? 僕の鼓動のさざ波が……。さあ、何も心配することはない。何もかも脱ぎ捨てて、僕の心の中にある無限の海の扉を開くんだ」
彼女のくびれに片手を当て、彼が囁く。
「海……? ここは海なんですか?」
リサが言った。
「そう。海だよ。だから、さあ服を脱いで……。僕が手伝ってあげよう」
彼がリサのスペースジャケットに手を掛けた。

その時、チャリンと音がしてコインが落ちた。そこに描かれたウサギがいたずらっぽい笑みを浮かべている。その音にリサがパッと目を開けて言った。
「いいえ。ここは海じゃありませんわ」
「へえ。リサって催眠術効かないタイプなんだ」
ロリがひやかす。
「ふうん。それじゃあ太腿ちゃんにも試してみようかな?」
そう言うとバーニアはコインを拾ってロリを捕まえようとする。
「へーんだ。おれ、そんなドジじゃないもんね」
と言いながら倉庫の中を駆け回る。

「うっさいな! ここ響くんだから騒ぐなよ」
クローゼットの中をかき回していたダナが顔を顰める。
「わーった。でさ、何かいいもんあった?」
そこらを一周してきたロリが来て訊く。
「いや……。どうも既製品だとしっくりこないんだよな」
そこに並んでいるスペーススーツを見て呟く。
「姉ちゃん、ケツがでか過ぎて入ないんだろ?」
ロリがからかう。
「ふん。あんたこそ腿が太過ぎてはまんないくせに……」
と、ダナが返す。

「よし。いい物を見つけたぞ」
向こうでサラが言った。
「何ですの? いい物って……」
リサの言葉にサラが答える。
「オートミシンさ。これで服をサイズ通りに仕立てられる」
「ああ、サラの乳でかいから絶対、既製品じゃ無理だもんな」
ロリが笑う。
「それに、合う物があったとしても、ここにあるのは暖色系ばかりだ。あたしはちと遠慮したいね」
ダナもそちらへ向かう。

「あん。お胸ちゃんってば、だから、足りない部分は僕のおててでカバーしてあげるって言ったのに……」
バーニアがサラの胸に向かって手を伸ばす。と、その襟首を捕まえてダナが言った。
「おまえはもう用済みだ。出てけ」
「何でさ? 僕がここに案内してあげたんだよ。最後まで見届ける義務があるんだ」
彼は主張したが、聞き入れてもらえなかった。
「これからヌードサイズを測ったり、試着をしたりしなくちゃならないんだ。おまえはコクピットで計器でも観察してろ」
「そうだ。これ以上ノーブラのまま、いいように触られてなるものか。鉄製のブラジャーを作ってやる」
などとサラも過激なことを言った。
「まあ、おけつにブラジャーをつけるんですの? どうやってつけるのか見てみたいです」
リサが妙なことを口走った。
「僕も見たいでーす!」
とバーニアも名乗りを上げる。が、彼はダナにつままれて扉の外に放り出された。

「何がけつブラだ。このカマトト勘違い女をどうにかしろ」
「まったくだ。一体どういう耳をしているんだ。それとも神経回路に問題でもあるのか……」
ダナとサラが頭を抱える。
「へっへえ。ノーブラコンビの姉ちゃん達は、さすが言うことが違うんね」
ロリがヒューヒューと口笛を吹く。
「別に好きでノーブラにしてるんじゃない」
サラが言った。
「そうだ。もとはと言えば、あの馬鹿男が……」
ダナも悔しがる。
「皆さん、苦労してらっしゃるんですのね」
リサがしみじみと彼女達を見つめる。
「あんたに言われたくないわ」
ダナがぶすっとした顔で呟く。
「そんなことより、早く着替えの服を確保しよう」
サラは早速ミシンのデータをチェックし始めた。

 しかし、1時間後。
「何だ、これは?」
機械から出てきた完成品を見て4人は唖然とした。何度入力をやり直しても同じデザイン、同じ色の服ばかり出てくるのだ。ピンクと白を基調としたメタルゴールドにそれぞれ胸、尻、ウエスト、腿の部分にハート型の窓が開いて素肌が透けて見えるようになっている。
「馬鹿な……。これじゃあ、まるで奴の好みそのものではないか」
ダナが言った。
「胸の姉ちゃん、ちゃんと入力してんのか?」
ロリの言葉にサラが憤慨する。
「こう見えてもコンピュータの扱いには慣れてるんだ。これは恐らく……」
彼女は更に細かくデータの中身をチェックした。

「でも、これ着てみたらわたしにぴったりフィットしますわ」
いつの間にか試着したリサが言った。
「そりゃ、フィットするだろうとも。ヌードサイズ測ったんだからな」
ダナがぶつくさ文句を言う。
「ほんとだ。おれにぴったしじゃん。こんなにたくさんあんだから、あんたらも着てみなよ」
ロリもちゃっかり着こんで言った。確かに何度もやり直したせいで同じ服がそれぞれ5着ずつも出来てしまっているのだ。

「まあ、ちゃんとブラジャーも付いてるし……。取り合えず次の着替えが手に入るまでこれを着るか……」
サラが諦めたように服を取った。
「おい、それを着るのか? そんなことをしたら奴の思う壷だぞ」
ダナが反論した。しかし、サラは薄っぺらな囚人服のままなのだ。それに比べたらたとえピンクでも目の前にあるジャケットの方が何倍もよい物に思われた。
「囚人服よりはましだ」
「そうか……」
ダナはノーマルジャケットを着ていた。あえて着替える必要はなかった。しかし、余分な着替えは持ち合わせていない。そして、無論ブラジャーは付けていなかった。彼女はちっと舌打ちすると渋々それを掴んだ。

「へえ。姉ちゃん達も割と似合ってるじゃん」
試着した二人を見てロリが言った。
「ええ。悪くありませんわ」
リサも言った。
「何だか幼稚園の引率教師みたいだな」
ダナが苦笑しながら鏡を見ている。
「まったく。ピンクの服を着るなんて子供の時以来だ」
サラもため息をつく。

「ところでさあ、ここって倉庫だろ? もしかしてさ、もっといろんないいもんが眠ってるんじゃねえの?」
ロリがきょろきょろ辺りを見回して言った。
「そういえば、彼はお宝ハンターだと言っていましたわ。きっと海賊から奪った金貨とか宝石とかをたくさん持っているんですわ」
リサの言葉にダナがパシンと指を鳴らす。
「よし! そのお宝をゲットしてここから脱出した時の軍資金にしようぜ」
「おれ、賛成!」
ロリが真っ先に名乗りを上げた。
「それって面白そうですわ」
リサも賛成する。
「あんたはどうすんだよ?」
ダナの言葉にサラは少しだけ躊躇した。
「それって泥棒じゃ……」
「何だ? やらないのか?」
見下すように睨まれて、サラも諦めて頷く。
「ああ。確かに背に腹は変えられん」
「よし。なら、決まりだな。早速、お宝探しに取り掛かろうぜ」
「おう!」
ダナとロリが張り切った。


 倉庫の中はかなり入り組んでいたが、日常生活に必要な物から武器弾薬に至るまで、ありとあらゆる物資が揃っていた。
「うっへえ! すっげえな。こんだけあったら何年だって遊んで暮らせるぜ。この部屋全部が宝の山じゃん」
ロリがはしゃいだ。
「こいつは宇宙船だ。長いこと宇宙を旅するんだ。これくらい揃えておかなきゃ足りねえだろ?」
ダナがもっともらしく説明する。
「それにしても不思議ですわ。バーニアは殿方なのに、こんな女の子の物をお使いになるなんて……」
リサが『月からの使者』と書かれたきれいな箱を持って言う。
「それは、いつどのような乗組員が増えても対応出来るようセットされている、ハイクラス宇宙船用の常備品だ」
サラが言った。
「へえ。あいつ、初めっからおれ達がこの船に乗ると思って用意してたのかな?」
ロリが感心したように鼻の下をこすりこすりして言う。
「いや、そうじゃないと思うが……」
サラはそう言い掛けて、視線を逸らした。

――有望な科学者に濡れ衣を着せ、失墜させた罪は……

(奴は知っていたのだろうか? 私のことを……それで、私をここへ……)
幾重にも交錯する数式の中にバーニアの顔が浮かぶ。

――お胸ちゃんのおっきなお胸、震えないように僕のおててで押さえててあげる

にやけた表情と彼の手の生暖かい感触を思い出した瞬間、彼女は言った。
「あり得ん」
サラは強く否定した。

――僕のおててで

「手……?」
何かが妙に引っ掛かった。触れられた時、その手に微妙な違和感を感じたことを思い出したのだ。
(何故そんな風に思ったのだろう……?)
だが、彼女は頭を振った。
(私には関係のないことだ。でなければ多分……気のせいだ)
サラはきつくもない服のハートの先端をしきりに引っ張っては放すのを繰り返していた。

「ありましたわ!」
その時、突然リサが大声で叫んだ。
「なになに? 何があったって?」
ロリとダナが駆けつける。サラも遅れてそちらへ向かった。
「宝箱ですわ」
リサの前には、まるで御伽噺にでも出てきそうな大きな宝箱があった。
「ほんとだ。すっげえ!」
ロリがすっとんきょうな声を出す。
「まゆつばだな。けばけばしい箱だ。中身は空なんじゃないか?」
ダナが疑わしそうに言う。
「そんなことありませんわ。鍵が掛かってるし、持ち上がらないくらい重いんですもの。きっと宝の山がザックザクですわ」
リサの言葉に年長組の二人が顔を見合わせる。

「鍵か」
サラが呟く。
「そんなんぶっ壊しちまえば?」
ロリが言った。
「壊すと言っても、仕組みは……」
サラが鍵の構造を調べようと箱に手を掛けた時だった。
「ありましたわ」
リサが叫んだ。
「何?」
皆が振り向く。
「何処にあったって?」
「ほら、ここに置いてありましたの」
と差し出す。

「何と、レトロな鍵だなあ」
ダナがそれを取り上げて言った。
「ま、いいじゃん。開けてみようよ」
ロリがひょいと脇から手を出して取ろうとするが、ダナは自分で鍵穴に突っ込んで言った。
「下がってな、チビ。こういうのには仕掛けがあるかもしれない。開けたらドカンってこともあるからな」
「ひぇっ。マジかよ」
ロリが慌てて飛び退いた。ぼんやりしているリサの手を取ってサラも後退して頭を伏せる。
「よし、開けるぞ」
ダナがガチャリと鍵を回す。と、カチッと小さな音がして蓋が自動的に跳ね上がった。一瞬、ダナも驚いて後ろへ下がろうとしたが、中には金銀財宝がどっさり詰まっていた。

「まあ、やっぱりですわ」
リサが言った。
「ほんとだ。すげえ!」
早速ロリが飛びついて両手にいっぱい掬い取る。
「こんなお宝、一目でいいから兄貴に見せてやりたかった……」
しんみりと言うロリ。が、次の瞬間、ガハハと笑い飛ばして言った。
「でも、おれが兄貴の分までたっぷりもらっといてやるからよ。成仏しててくれよな」
ロリは金貨を掴んでポケットに詰めた。

「この金貨、本物かな?」
サラが摘んだそれを慎重に観察する。
「もし本物なら相当の価値だ」
「見て! このネックレスわたしに似合ってると思いませんこと? これはきっとさる王家に伝わる悲報ですわ」
リサがもっともらしく言う。
「ん? この指輪、エメラルドかな? カットがなかなかしゃれている」
ダナがそっと自分の指にはめる。
「お、いいのめっけたじゃん。でも、おれだってすっげえきれいな指輪みっけたんだ。ほれ、ダイヤモンドだぞ」
右手の指にはめたそれをみせびらかして言うロリにリサがくすりと笑う。
「あら、指輪は左手にはめるものよ。ね? ほら、こんな風に……」
そう言ってリサは赤いルビーの指輪をして見せた。

「おい、胸の姉ちゃんも何かはめてみなよ」
ロリが言った。
「え? しかし、わたしはそんなアクセサリーとかしたことがないし……」
と、サラは遠慮がちにきらきらした箱の中を見た。ふと一つのリングに目が留まった。
「これは……一体何の鉱物だろう?」
指輪に付いた小さな雪の結晶のような形をした石に興味を持った。
「はめてみなよ」
ロリが言った。
「ああ……」
それはサラの指にぴたりとはまった。
「へえ。似合うじゃんか」
ダナが覗いてからかった。
「何だか妙な感じだな」
「あら、サラさんて指輪もしたことがないんですの?」
「ああ。ずっとおしゃれよりは研究のことばかり頭にあったから……」
「研究?」
リサが訊いた。

「私は科学者なんだ。惑星における大気の形成と置換システムの開発に携わっていた」
「何だい、それ?」
ロリが訊いた。
「簡単に言うなら、汚れてしまった大気をきれいなものに入れ替えるための研究さ。もし成功すれば、惑星の環境破壊を食い止められるし、浄化システムを起動できれば、環境に適さない星でもそれを施すことにより、人間の移住候補として惑星そのものの改造が可能になる」
「げっ。何だか難しくてわかんねえ」
ロリは金貨をじゃらじゃらやりながら頭を掻いた。
「その偉い科学者さんが何であんな極悪犯罪人の刑務所にいたんだい?」
ダナが言った。
「それは……」

リサの手から宝石が転げ落ちる。
「サラ バートライト……そういえば何処かで聞いたお名前だとは思っていたのですが、今、思い出しましたわ。ニュースパックで見ましたの。確か重要な機密データを企業スパイに売って同僚に罪を着せたとか……動機はホストの男に貢ぐため。真面目で優秀な女科学者の歪んだ愛による転落人生……。銀河フライデーで随分騒がれてましたもの」
「えーっ? それって悪い奴じゃん」
ロリが言った。
「誤解だ!」
サラがきっぱりと否定した。
「私は何もしていない。無実なんだ。私は罠に落とされた。あの男に……」
「ふん。馬鹿め。男なんか信用するからだ。ましてやそんな行き当たりばったりのホストなんか……」
「違う。騙されたのは同僚の研究者だった。ホストなんか知らない」

「研究者さん? それって恋人さんだったのですか?」
リサが同情するように訊いた。
「いや。本当に同じプロジェクトに所属していただけの男だ。彼は研究成果を独り占めし、企業にそれを売ろうとしていた。そんな裏切りを私は許せなかった。それ以上不正を働くなら告発すると告げた。話せばわかってもらえると信じて……。しかし、彼にとってはそんな私の存在が邪魔だったんだ」
「まあ……。何てことでしょう。お可哀想に……。せめて本物の恋人でもいたらお慰めになりましたでしょうに……」

「いや。恋人なら……心の中にいる。学生時代からずっと憧れていた方が……。その方は才能にも人格にも恵まれた天才だった。私など足元にも及ばないその方のために、私は一生この身を科学の発展のために捧げようと決意したんだ。その方を永遠の恋人として……」
「でも、わかんねえな。何でその人のために科学者なんだよ」
ロリが訊いた。
「それは科学に興味があったから……。それに、ずっと彼を追いかけていきたいから……」
「そこまでお思いになるなんて……。それで告白はされたんですの?」
リサがうっとりと訊いた。
「いや。身分が違過ぎるからな。それに、その方は結婚されていたし、それに……残念ながら、彼はもうこの世にいない……」
「何だ。歴史上の人物か? そんな爺さんに恋したってしょうがないだろうが……」
ダナが言った。

「歴史上ではない。亡くなられたのは3年前。まだ20代半ばというお若さだったんだ。本当に惜しい才能だったのに……。もし彼が生きていたら、それこそ歴史が変わったかもしれないという偉大な方だったんだ。私もその方に憧れて大学に進んだ。できれば一目だけでもお会いしたかった……」
「天才は早死にするっていうからな。そして、どうでもいい奴に限っていつまでも図々しくのさばってやがんだ」
ダナが言った。
「その通り……。だが、嘆いていても仕方がない。一生かかっても多分、私などでは彼の足元にも及ばないだろうが、せめてあの方がやろうとしていた研究の続きを非力ながらお手伝いさせていただこうと思っている。おこがましいことなれど、心密かに彼を心の恋人として、私が生きていくための支えにさせてもらっているんだ」
「うっへえ。けなげだねえ。おれも早く恋がしてみてえや。っていうか、おれ、もう恋してたよ」
突然ロリが叫んだ。

「ほう。どんな恋だ?」
ダナが訊いた。
「おれ、ずっとピガロスで兄貴達と一緒に育ったんだけど、あんなとこでも英雄ってのがいてさ。一年くらい前に突然現れた天才ゲーマー。直接会ったことはないんだけどさ、すっげえテクですべてのゲームの記録を塗り替えたんだ。もう決して塗り替えられることのない満天クリアでさ、あんな奴もう二度と現れないだろうって話題になってた」
興奮して喋るロリ。
「それで、会ったこともないそいつに片思いしてるって訳か? まったく、どいつもこいつも……」
ダナが目を細めて言った。
「いいじゃん。夢はでっかい方がさ。でも、永遠にそいつとは会えないだろうな。おれピガロス出ちまったし」
ロリはちょっぴり残念そうに言った。

「皆さん、素敵な恋をしてらっしゃるのね。わたしも早く本物の王子様にお会いしたいですわ」
リサがぼうっとした表情で言った。
「ほう。今時、まだいるんだねえ。いつか王子様がって夢見てる奴……」
ダナが言った。
「夢なんかじゃありませんわ。彼はわたしのことをお姫様のように扱ってくれましたもの」
「彼って?」
ロリが訊いた。
「この船の持ち主……」
ぽっと頬を赤らめて言う彼女に皆は呆れたように顔を見合わせる。

「リサってああいうのが好みだった訳?」
ロリが信じられないという顔をして言った。
「いえ、一瞬だけそう思っただけですわ。わたしを窮地から救い出してくれたんですもの」
「窮地?」
サラが言った。
「そういえば、何で追われていたんだ?」
「話せば長くなりますけど、要は政略結婚ですわ。顔も見たことのない男に嫁げと言われてムカついたので宇宙船に乗って家を飛び出したんですの」
「何と、家出娘かい」
ダナが呆れる。
「わたしにとっては一大事ですもの。そこにバーニアの彼が現れて……。わたし、てっきりリサの王子様だと思いましたの。でも、リサの王子様はもう少し背が高くて、目がぱっちりしていて、その瞳にはお星様が……。それで髪もブロンドで目は青くて、きりりと男らしくて……」

「それは酷いよ、くびれちゃん。僕こそが本当に君の王子様なのにさ」
いつの間にかバーニアの彼がそこにいた。

「貴様、何処から湧いて出た?」
ダナが言った。
「おしりちゃん。僕はいつだって君の傍にいるって約束したでしょう? 忘れちゃったのかい?」
その尻に触れて微笑した。
「聞いてない。もし聞いたとしても脳が拒否した」
ダナはその手を掴んで押し返した。
「でも、もう拒否出来ないさ。君達の運命はその呪いの指輪をはめた時から決まってしまったんだからね」
「何?」
皆、一様に同様し、自らの指にはめたそれを抜こうとした。
「うふふ。遅いよ。それをはめた者はもれなく僕のお嫁さんになると運命づけられているのだから……」

「馬鹿な」
「あり得ん」
「うっそぉ」
「いやん」
サラ、ダナ、ロリ、リサの順に叫んだ。
「さあ、諦めて僕の者におなり、子猫ちゃん達」
と言って腕を広げ、バーニアは彼女らを抱く。
「それとね、念のために言っておくけど、その金貨はレプリカだよ。当然だけど……持ち出しても価値なんてないから……」
「悪趣味な……。なら、何のためにこんな物を……」
ダナが睨む。
「だって、楽しいじゃない。テンション上がるし、君達も一緒にやらないか? ロマンを求める最高の海賊ごっこをさ」
女達は呆れた。
 と、そこへコールのブザーが響き渡る。
「何だ?」
「ああ。BX3MJ2小惑星帯を通るんだ。コクピットに戻ろう」
彼が言うと皆急いで通路に出た。

「待て」
最後に出たサラが彼を呼び止めた。
「一つ訊きたいことがあるんだ」
「愛の告白なら喜んで」
彼がすっと下がって右隣に並ぶ。
「そうじゃない。わたしの……」
「似合ってるよ。ピンク」
男が言った。
「あ、あ……いや、そうじゃなくて……」
慌てているサラの耳元に彼は告げる。

「心配無用さ。『メフィスト』の呪いは解けた」

男は彼女を片腕で抱くと、当然のように胸に触れた。
「貴様……」
何故だかそこの部分だけ、妙に生地が薄くなっていることに気づいた彼女は憤慨した。が、彼は構わずその谷間に顔を押し付けてくる。そして、開いたハートにそっとキスすると、くるりと踵を返し、笑いながら通路の向こうへ駆けていった。
「く……」
彼にしてやられたことを知ってサラは悔しがったが、同時に彼に対する信頼感も芽生えていた。

 『メフィスト』。それは研究所で呼称されていたプロジェクト名だった。それを知っているということは、彼の情報収集力は生半端ではない。そして、彼女にとって頼もしい味方になり得る可能性を秘めていた。
「バーニア……か。それにしても、奴は一体何者なんだ」